書きかけスーさんとのるさん

今風なレタリングの店名が印字されたガラス戸は、開け閉めされるたびにてっぺんに付けたベルをがらごろと鳴らす。一応店に入る側に「PUSH」、出る側に「PULL」とこれもまた印字されているのだが、とりわけどちらから押そうが引こうが問題ない。安っぽくはないが高級感ももちろんない。ちょうどメジャーなファミリーレストランのチェーン店によく用いられているような出入り口だ。おおかたこのダイナーだってよく流通したチェーン店だろう。夜遊びしない身としては、そこらへんの事情にはめっぽう疎い。
ダイナーとは言ったが果たしてこういう店をダイナーと呼ぶのかも定かではない。ダイナー風の店であることは確かだ。だいぶ深夜まで営業しているようだし、家族連れや少年のグループが明るく騒ぎながら夕食を摂っている。一方スウェーデンの座っているカウンター席は一転、落ち着いたバーのような様相で、グラスを拭く店員はいっちょまえにバーテン服を着込んでいる。奥のほうにはダーツボードがいくつか置いてあるようだし、ビリヤード台もひとつ、その隣には据え置き型のゲーム機もあるようだし…良く言えばさまざまなニーズに対応した、直感的な感想をいうとなんだかちぐはぐな、ざっくばらんな店だった。
気兼ねしないのは間違いない。老人には少しうるさすぎるだろうが、家族連れでも年端のいかない若者グループでも、大勢でも一人でも、すぐに出ようが長居するつもりだろうが入りやすい店なのは確かだ。そして待ち合わせにもきっと、これ以上ないほどうってつけだ。
約束の時間を5分ほど過ぎたが、この店を待ち合わせに指定した男はまだやって来ない。もとより時間通りに来るなど端から期待していなかったし、あの男の性格を考えれば十分にわかりきっていたことなのだから、スウェーデンだってもう少し遅れて来たって良かった。良かったのだが、やはりそんなことはできない。自分の性格を考えればそんなことはできない。それに、もしも、万が一億が一、スウェーデンのほうが遅刻することになって、あの男に笑顔で「遅刻だっぺ、珍しいなあ」などと言われる可能性を考えたら…それだけでスウェーデンは多少待ったって遅刻しないことを選んだ。あの男と二人きりで拘束されるのに、感情を変に昂ぶらせたり落ち込ませたりするのはなんとしても避けたい。
それでも、約束の時間を10分すぎたところで、スウェーデンは自分のモチベーションがなんとも悪い方に傾いていくのを感じた。ずるずるとだれて、些細なこともどちらかと言うと不快に感じるような…まだ会ってもいない男の聞いてもいない言葉にいらいらするような…。当然だ。人間、長く張りつめたままではいられない。緊張状態というのは長く続くものではない。そこまで考えて、緊張していたのか、と愕然とした。
無理もない、と自分を慰める。因縁浅からぬ相手だ。今がどんなに平穏だろうと、平穏であればあるほど、遠い昔の「喧嘩だった」では済まされない出来事には気を遣うのではないか。疎ましいことに、相手との距離が近しいほどそれは顕著になる。向こうはどういうわけか、それも性格だと言ってしまえばそれまでだが、まったく気にもしていないようだが、それだって表面上、いわゆる大人の対応かもしれないではないか。ならばなおのこと気を遣わなければならない。今の二人の「大人の対応」で成り立っている平穏を無碍にしないために、どんなに遠い昔に気がかりを残そうとも、もとより根本的に虫の好かない相手だろうが、変に悪い心持ちで接して傷つけあうなんて馬鹿馬鹿しいことのないように。
約束の時間を15分も過ぎた。しかしそういうわけで、待ち合わせ相手が他の相手ならともかく、あの男がへらへら「わりぃわりぃ、待ったよな?」なんて話しかけてきても一切苦言は呈さないつもりだった。最早スウェーデンは聖職者の心持ちだった。はたまた修行僧の気迫であった。どちらにもなったことはないし心境を尋ねるような親しい知り合いもいないが、きっとこんな心境に違いないと思う。カウンターに肘をつき、組んだ手に顎をのせ目を閉じる。いくばくもしないうちに肩を叩かれる。


「なんだ、食前の祈りか?思ったより信心深ぇな、おめ。食ってて良かったのに」


遅刻を詫びるより先にずれたようなコメントを呈した男は、スウェーデンが散々待ちわびた男ではなかった。




「あんこは来れなくなった、さっき出る直前に急に仕事が入って」


それを聞いて一瞬でも安堵した自分が許せない、すぐには二の句が継げない。それにしたってわざわざノルウェーが来る理由にはならない。ノルウェーはスウェーデンの胸中など知ったことかと言うていで、いつもの夢見がちな目で明後日のほうを眺めている。


「で、おめえはもう待ってるって言うから、来た」
「なにさしに」
「たまには水入らず、おめえとサシ飲みだっていいべ、昔馴染だもの」


嘘だ。いや、嘘ではないだろうが適当にでまかせた言葉には違いない。言葉の節々に妙なひっかかりを覚えないでもない。それでもまあいい。問題はない。昔馴染みなのは本当だ。気安い仲で間違いはない。もともと飲みに来たのだ、仕事じゃない、相手が変わったからといって帰ることはない。
店は変えるのかと思ったら、ノルウェーはもうするりと隣に座ってしまった。スウェーデンの前で手も付けられず、びっしりと水滴を付けている水のグラスを見て「律儀だこと」と片頬をあげる。細かい棘がひっかかったような笑顔。飽きもせずグラスを拭き続けていた店員を呼び寄せて、聞きもせずスウェーデンの分も勝手に頼んでいる横顔をしげしげと眺めた。あまり表情が豊かな印象ではない男だけど、スウェーデンの前では笑っていることが多い。と言っても心からの笑顔ではなくさっきのような、細かい棘でひっつけているような笑み。別にそれについて細かいことを言うつもりはないが、その他の細々とした仕草もひっくるめてよくよく考えてみると、何のつもりだこの男は、と思うことがないでもない。




「デンマークは。何か言ってたんけ」
「さあ、急に行けなくなっちまってわりぃって、言ってたような言ってねがったような…」


そういう言い草は昔から相変わらずだと思って少し笑うと勘違いしたのか「やっぱ言ってねがった」と言い直してグラスに口を付けた。何を飲んでいるのか、見た目は透明でわからない。強い酒だろう。デンマークもフィンランドも、酒の飲める知り合いは皆うわばみだ。対して、ノルウェーが勝手に注文したスウェーデンのグラスは異様に背が高く、緑色の底の方から次第に黄色へと可愛らしいグラデーションを描いていて、よくわからない果物の類がごろごろ沈んでいて、飲み口にはご丁寧に皮をウサギ型に切ったライムまで刺さっている。夜は少し深まって、ボディラインのくっきりした服を着た女性が二人連れでくすくす笑いながら後ろを通り過ぎて行った。店員がなんのつもりか「果物お好きですか?」なんて聞いてくる。ノルウェーなんか笑えばいいものをごく神妙な顔つきでうなずいている。


「そうなんですよ、この男は、果物党」
「へえ、それはそれは健康にもいいですから」
「ノル、腹減ってねえか」
「減ってねえな。同じのもう一杯」


どうにか話題を変えようと店員を追い払おうとすると、すぐさま察してしまう。こういうところだ。進んでからかおう、揚げ足を取ろうとしてくるくせに、こちらが少しでも抵抗を見せるとすぐさま退くような態度を見せる。だったら初めから悪ノリしなければいい。こういうところがなんのつもりかわからない。

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